東京の桜が終わる頃その桜は満開を迎える。
昔の面影も残さず、すっかり近代的な駅舎に様変わりしてしまった故郷の駅からローカル線に乗り換えると、すぐに懐かしい風景に郷愁を覚えた。
目的の駅の改札を出て、閑静な住宅地を抜け、杉に囲まれた長い石段が見えてくると私の心は、郷愁を飛び越え過去へとタイムスリップした。
その長い石段の前を行く寄りそう二つの影を見つめながら歩いていた私は、彼女の手を振りほどき走り出した 。
もちろん前を行く影は追い抜く事など許す事もなく、疲れ果てた私は後ろを振り向いた。 逆光に照らされた彼女は神々しく、にっこりと微笑んだ。
一段一段をゆっくりと確かめるように上がって来る彼女を愛おしく思い、わたしは階段を駆け降り、手を差し伸べた。さらにしっかりと握り返されたその手の奥で、彼女はまた微笑んだ。
再び彼女の歩幅に合わせゆっくりと登り始め、そして私は思いのたけを彼女に語った「・・・」
石段を登りきり、さらに奥へと進むと、かつてこの辺り一帯を収めた稲葉一族と春日局が眠るという墓所がある。
そして目的の樹齢340年と言われる枝垂桜が見えてくる。
桜のもとで二人はゆっくりと流れる時を過ごした。 桜を見つめる彼女の瞳は、さらに奥を見つめ、そして静かに呟いた
「死んじゃったおじいちゃんともこうして二人で桜を見たの・・・」
この桜は300余年ずっと変わらずここにあって、沢山の人の心を和ませている。
私はこの桜がとても大好きで、心を惹かれ、あの日以来この季節になると何度となく訪れている。
そして彼女の笑顔を思い出す・・・あの石段で・・・
「僕が大きくなったらおばあちゃんをおんぶして登ってあげるから!」
その時見せたその日いちばんの彼女の笑顔を・・・
豊作